月光荘について

大正6年(1917年)の創業以来、月光荘は「色感と音感は人生の宝物」という価値観のもと、画材の製造販売を軸に、アートを通じてより美しい暮らし方についての提案を続けてきました。3世代にわたってファミリー経営による独立性を保ち、本物の道具作りを目指すクラフツマンシップを追求し、あらゆる人々が自由に交流できる場作りと共に、創造性豊かな製品やサービスをご提供しています。

店名の由来

“大空の月の中より君来しや
ひるも光りぬ夜も光りぬ”

創業者・橋本兵藏を可愛がった歌人の与謝野鉄幹・晶子ご夫妻が、そう詠んで名付けたのが、店名「月光荘」の由来です。絵の具や絵筆、パレット、スケッチブックはもちろん、それらを持ち運ぶためのバッグにいたるまで、そのすべてがオリジナル製品です。 

トレードマークである「友を呼ぶホルン」は、与謝野夫妻を中心とした当時の文化人グループ(小山内薫、芥川龍之介、島崎藤村、有島武郎、初代猿之助、森律子、藤島武二、岡田三郎助など30数名)の方々が一緒になって考案したもので、ホルンの音のもとに多くの仲間が集まるようにとの願いが込められました。

絵の具の独自開発

古くは1940年、世界の標準色ルリの青、コバルトブルーの製造技法を発見し、純国産第一号の絵具を誕生させました。その後、新色コバルト・バイオレット・ピンク(月光荘ピンク)を発明。この色は1971年の世界油絵具コンクールにおいて一位という栄誉を受け、フランスのルモンド紙では「フランス以外の国で生まれた奇跡」という評価を得ました。 

戦時中にも製造が続けられた絵の具

月光荘ビスポーク

アーティストとのコミュニケーションを大切に、対話の中から自家製品をひとつひとつ完成させていくうちに、いつしか取り扱う製品のすべてがオリジナルとなりました。そこにあるのはお客さまのお役に立ちたいというシンプルな思いと、本物の職人仕事です。

戦後の絵描きの悲願だった国産初のコバルトブルーの開発を皮切りに、猪熊弦一郎からのオーダーで作ったチタンホワイトや筆洗器、オリジナルデザインのテーブルセット、松下幸之助からの依頼で商品化されたウス点のスケッチブックなど、商品の数だけ工夫と失敗と歓喜のストーリーがあり、取得した特許は26種類にも及びます。ウス点のスケッチブックとアルミ製パレットは、グッドデザイン・ロングライフ賞を受賞しています。

その歴史はまさしく、お客さまから直に注文をお受けし、オーダーメイドでお応えしてきたビスポークの歴史です。ビスポーク(bespoke)という言葉は英語の“be-spoken”に由来し、「話し合う」という意味があります。月光荘は画材店という枠を越え、家具、文具、服飾、雑貨など様々なジャンルの職人と話し合いを重ねながら、アートのエッセンスを大切にした製品を作り続けてきました。

月光荘ビスポークはこれからも進化し続けます。それが月光荘のDNA。時を超えた普遍的な価値と、実績に裏打ちされた信頼ある物作り、そして常に時代が求める声に耳をすまし形にしていくのが、我々の本当の役割です。

サロンの復活

2013年に月光荘サロン・月のはなれをオープン。毎夜流れる生演奏や、2週間毎に更新される現代作家による壁面展示が楽しめ、画材に縁遠い人でもアートに気軽に触れ合える空間として、メディアへの出演も多数。東京では珍しいクレオール料理の専門店としても話題を呼んでいます。 

新時代への挑戦

2021年、感性を豊かに交換できる場作りの一環として、絵の具製造の機能だけだった埼玉工場をアーティストが一定期間生活をしながらアトリエで作品制作できるアーティスト・イン・レジデンスにリフォームし、アトリエ/宿泊/カフェバーなどが併設された複合施設としてのリニューアルオープンを予定しています。

2020年現在、すでに世界的なアーティスト(興梠優護氏)によるクリエーションがスタートしていて、2021年春にカフェバーがオープンすることで、近隣にお住まいの方々もご家族で気軽に集える場所としてご利用いただけるようになります。

アーティスト×絵の具職人×近隣住民の「人」の交流、そして銀座と埼玉という「地域」の交流が生まれ、美の公民館のような場所に育っていくことを願っています。

月光荘の理念

2017年に百周年を迎え、月光荘画材店では次の100年に向けて、
5つの約束事を決めました。